余生は青春を超えた !

-愉快な余生- 

人は誰でもこの世に生を受けた瞬間から、死に向かって生きていかなければならい。

日本人の平均寿命まで生きるとなれば、今生まれたばかりの赤ちゃんはこれから先、80年以上生きることになるし、65歳で高齢者の仲間入りをした人でも今から20年も生き抜かなければならない。

ところが世間は「人生100年の時代」と 言い出した。

そうなると新米高齢者は、なんと35年間もしぶとく生きなければならない。

面倒かと言えば、面倒である。

退屈かと言えば退屈かもしれない。

私は2019年65歳で定年退職した後、再雇用となって、コロナ禍の2021年9月、67歳で完全退職を迎える。

そこをゴールとすればその先は「余生」、即ち「余った人生」である。

社会の生産活動に対するノルマも責任も、しがらみもなくなる。
嫌な奴の顔も見なくて済む。
それに子供たちもそれぞれの棲み処で平穏に暮らし、孫たちもかわいい盛りだ。
となれば、やっと企業戦士除隊、戦場からの解放である。

「終戦ありがとう!」「定年万歳!」と言ったところかもしれない。

それに100年を1日24時間に例えるなら、65歳はまだ午後3時30分頃。

ちょうどいいティータイム。

太陽は未だ赤く燃え、やがて昇るパールホワイトに光る満月に照らされながら、日付が変わるまで「ロングバケーション」に突入する。


周囲の目を気にすることなく、気楽で自由な時間がたっぷりあると思えば何だか心はウキウキする。

そう考えると、懐かしいあの頃の幼少年時代、恵まれてはいなかったが何の不満も不足も感じることもなく自由で楽しく過ごした日々、待ち遠しかった夏休み。
そして阿保な仲間たちと青春を謳歌した学生時代…。

心はあの頃と同じではないか

と、いうことは、